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Vol.84 連帯と絆

タイトル:理事長室へようこそ

 ロゲIOC会長の“TOKYO”まで、日本は長く忍耐強い戦いを強いられたが、勝利で完結させた。福島第1原発の汚染水漏れはオリンピック招致における最大のピンチであったが、「ピンチはチャンス」を体現した安倍首相、猪瀬知事はじめチーム・ジャパンの連帯と絆をもととした周到な準備の賜物だろう。オリンピック招致は東日本大震災の数年前から計画されていたものであったが、未曾有の大震災が日本人の結束力と連帯感を強めオリンピック招致にプラスに働いたことは確かだろう。9月8日早朝56年ぶりの東京オリンピック決定の歴史的瞬間に日本中が沸き返る光景に感動しながらも、頭は不思議と冷静で ”決定してよかった“ という安堵感とともに、その歓喜の光景が突如日本に深い悲しみに陥れた東日本大震災当日3月11日の東京駅での体験と重なった。

 午後1時から東京駅に隣接するカンファレンス・ビル4階で会議が開催された。2時42分大きなゆれが襲った。窓のブラインドはガタガタと音を出してガラス窓にぶつかっていた。何とかブラインドを上げると、隣接する高層ビルは大きく左右に何メートルも揺れているように見えた。会議は中止され、散会となった。数分後携帯で家族に連絡を取ろうとしたができなかった。東京駅構内と周辺は人でごった返していた。何も情報のないままあっという間に数時間が過ぎ薄暗くなってきた。東京駅構内のレストランが偶然1つ開いていて食事をすることができた。私が最後で、入り口が半分閉じられた。7時ごろ総武線が動かないことを知った。未練がましく総武快速線の近くに行ってみた。通路という通路には人が溢れていた。どんどん気温が下がって、寒さが厳しくなってきた。出かけるとき偶然新聞を持ってきたことを思い出し、トイレで新聞を8つ折りにしてシャツの下に胸の前と背中に1枚ずつ押し込んだ。身体全体がすこし温かくなったように感じた。

 ほっとして冷たい通路に腰を下ろし、背中を壁にもたれてボーッとしていた。「これ使いますか」、何か遠くから声が聞こえたように思えた。「これ使いますか」、はっと我に返って左を向くと、60才台の女性がダンボールを差し出していた。貰うべきか、断るべきか一瞬躊躇したが、瞬間的に「ありがとうございます」といって手を出していた。敷いて腰を下ろしたら少しほっとした。女性は大きな荷物を持っており、遠くからきて東京駅に着いたようだった。貰いっぱなしはまずいと思ったがこんな状態では何もできない。新聞が殆ど残っていたので「新聞読みますか」といったら、「ありがとう」。じっと目を通していた。通路に溢れた人たちは誰一人騒ぎ立てるでもなく、思い思いにじっと耐えながら時間の経過を待っていた。言葉は殆どないが不思議な連帯感を感じた。夜は深々と寒くなり、東京駅の通路には寒風が吹き込んできた。少し薄着のせいでこのままでは体調を崩してしまうと考え、もう少し暖かいところを探すことにした。ダンボールを持って探すかどうか迷ったが、近くのダンボールを持っていない初老の男性に譲ってその場を立った。

 東京駅に隣接する新しいビルの地下に移動した。人で溢れかえっていた。通路の天井にはモニターテレビが据え付けられていた。画面には航空から撮影された巨大津波の様子が繰り返し映し出されていた。食い入るようにみんな見つめていた。とんでもない大災害が東北地方を中心に起こっていることが夜中になって初めて分かった。数時間たって周りを観察する余裕も出てきた。幅5メートルほどの通路には肩を接するほどでない間隔でみんなが座っていた。横になっている人もかなりいた。言葉は殆どなかった。大きなガラス越しの内部に高級店が並んでいた。高級菓子や飲み物が見えているところもあった。そこにいる人たちの中にはのどが渇いたり、空腹の人たちが多かったに違いない。このような状態の時には、ある外国ではガラスが割られたり物を強奪されたりする光景をテレビ・ニュースで見たことがある。しかし、そこにいる人たちは予想もつかない大災害の不安を抱えながらも自らを見失わない日本人としての本質を見たように感じた。その空間には日本人としての連帯感と絆が確かに存在していた。

長く続いた経済的停滞に大震災が拍車をかけて日本人の心を内向きにさせていたが、オリンピック招致成功が日本人の心を外向きにさせ、余裕を持たせてくれたことは確かだろう。そして日本人の自信を確実に強めているのではないか。過信になることなく、日本人として連帯と絆を強め、自信を持って前に進んでいくことが今求められている。

平成25年9月30日
公益財団法人ちば県民保健予防財団
理事長 藤澤武彦

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