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Vol.81 赤く染まった山々と千曲川

タイトル:理事長室へようこそ

 薄靄のかかった早朝は予想したより寒くはなかった。ホテルの窓から見える川幅50メートルほどの千曲川の水面は鏡のように澄んで見えた。山々は赤く色づき故郷の晩秋を演出していた。山と山の間を何千回も曲がりくねって流れる千曲の川辺を目指して歩いた。ほどなく着いた。朝の光を遮るかのようにあった雲が譲り、朝の眩しいほどの光が目に飛び込んできた。川の水面に届ききらきらと光った。耳を澄ますと水の砕けて流れ落ちるような音が聞こえた。すこし下流に目を移すと、中洲があり背の高い葦が群生し、対岸との間は白く泡立ち水がぶつかり合っていた。中洲から岸に向かって何万年もかけて削られて丸くなった大小様々な石が水の流れに勢いを与え白く泡立たせているのが見えた。冷たいが透明な空気の中で朝の光に照らされて飛沫は輝くように踊っていた。余りの美しさに川辺に立ち止まって数分間眺めていた。何も考えない無心の自分がそこに立って居ることに気付いた。現実と空想の狭間のような不思議な感覚だった。 突然白く泡立つ対岸の水辺に水鳥が舞い降りた。大きさから大鷺のようだ。次々に舞い降り二十数羽になった。それぞれが降り立った場所で動かなかった。山々の紅葉が清らかな川面にも映え、鷺はくっきりと浮き上がるように白かった。突如何羽かが水の中に嘴を鋭く突きさした。はっきりとは見えなくとも魚を捕らえていることが分かった。小鮒だろうか。泡の中を少しずつ移動し盛んに魚を捕まえ飲み込んでいた。何故鏡のような流れの静かな場所でなく流れの急な場所を選んでいるのか分からなかった。泡が自分の身を隠してくれて魚が捕れやすくなるからだと旧友が後から教えてくれた。10分ほどで朝食が済んだのか上流に向かって群れを成して飛び去っていった。気がついたらあたりは一面真っ赤な朝陽で明るくなっていた。 11月中旬故郷北信州の戸倉上山田温泉で開催された長野高校の同級会に参加した。北信は「兎追いしかの山、小鮒つりしかの川」で始まる小学唱歌「故郷」を作詞した高野辰之氏の出身地で、かの山とは北信5岳の1つ斑尾山、かの川は千曲川の支流の斑尾川のことで、今でも「故郷」の原風景そのものが色濃く残されている処である。私の生家も高野辰之記念館の近くにある。高校卒業後52年が過ぎ去った。古来稀な年齢ともなると既にこの世を去った同級生も両手ほどいる。職業意識が働いて死因を聞いてみると「がん」が結構多い。52年ぶりに再会した友人も2名いた。慌しい現実の世の中の流れの中で医療とも政治とも経済とも別次元の時間の流れを実感した。関東平野の広大な平地で起伏のない千葉に大学入学以来住んではや半世紀を越えたが、山々や川を見て郷愁を憶えほっとするのは生まれ育った信州のDNAが組み込まれているからだろうか。故郷の大自然は劇的なドラマに満ちていた。故郷は遠くに在って想うこともいいが、時にはその場に滞在して過ごすことの方がもっと心も身体も休めてくれる。

平成24年11月21日
公益財団法人ちば県民保健予防財団
理事長 藤澤武彦

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